お昼寝マンボウの日記

温泉・花たび・お外でランチ、とにかく何でも興味ありのデベソおいさん。日々の、拙い出来事を記録しちょります。

えっち

Kと一軒家の2階に、おのおの1部屋づつ借りて暮らしていた頃があった。
たまに巡回で顔を出すおせっかいな担任の教師以外は、ほとんど部屋に来るやつもなく、
Kは板張りの部屋で静かに油を描いていた。私は、かっぱらってきた点滅する
道路工事用のコーンポストやコカコーラのベンチなんかをカーテンで間仕切った床の間に
押し込めて、閉じこもっていた。10畳あった部屋は、ほとんど使うことがなかった。

下宿の窓を開けると、通りをはさんで『雲泉寺温泉』が見えた。半間の間口を入ると、
すぐ脱衣所がある。服を脱いで石積みの階段を4mほど下へ降りた。
上から見れば見下ろす感じで、建物の底に湯船があった。
すぐ裏手に朝見川が流れていて、その川沿いに配湯管があるため、
ほとんど川の水位と同じ高さに湯船を配置した構造になっていた。

ある日湯船の中にいた私は、思いがけない光景に出会った。何気なく顔を上げた先で、
1人の女性がブラウスのボタンをはずしていた。すべてを脱ぎ終わり、艶めく白い体で
湯船に下りていった。視界から消えても、17歳の私はしばらく動けなかった。
壁を隔てて、彼女がいるかと思うと。美しいとなどいう陳腐な表現には
おさまりきれないほど、具体的だった。
いつも利用していたのに、この位置から女性の脱衣場が見えるなんて。
知らなかった。はじめての事だった。長い黒髪がいつまでも脳裏で揺れていた。
Nには内緒にした。この秘密を独り占めにしておきたかった。次の日から時間を合わせ、
脱衣場が一番よく見える湯船の中で待った。しばらくの間、彼女は同じ時間、同じ位置で
私をときめかせてくれた。それから2ヶ月後、突然この町から消えてしまった。

あの頃は怠惰な季節だった、羽化のための準備期間だったのだろうか。
生活臭のない空間を、妙にいきがって漂った。そして深夜徘徊、職質、補導。
そんな時、刹那的に突然現れ消えた彼女は、いったいなんだったのだろう。
窓の外は、夜が海の底から浮き上がるように薄く色を変え、朝をつれてきた。
ラジオからモコ、ビーバー、オリーブの『海の底で歌う唄』が流れている。
『わたしたちがあったのは しーずかな海の底♪』
30年ぶりに訪ねた『雲泉寺温泉』、半地下の浴槽は跡形もなく埋められ、
階段もなくなってしまい、なんの変哲もない共同温泉に生まれ変わっていた。
私の秘密も記憶も、何もかも埋め尽くして・・・。